チベットサポートグループ「KIKU」ホームページへようこそ

チベット子ども村の里親になりました!

2006年5月末日現在、約50名の方が子供の里親になって下さっています。その交流のようすを、ちょっとだけご紹介します。

Case04:「幸せのかたち」 M中学校1年 S.Mさん 

里親をしてくださっているあるお母さんから、お子さんの作文を送っていただきました。中学生のみずみずしい想いが詰まった言葉に、こちらも胸を熱くした次第です。お母さまの許可をいただき、ここに転載いたします。

「幸せのかたち」 New! 06/11/18 up

M中学校1年 S.Mさん

 私には、チベットに「家族」がいます。でも血はつながっていません。それは、私達が援助し、チベットにいる子供が援助されるというつながりの「家族」だからです。しかし私にとってはとても大切な存在の「家族」なのです。

 チベットにいる私の「家族」は、九才の男の子で、名前はテンジンといいます。テンジンとは、チベットでは『仏様の教えを守る』という意味があるそうです。テンジンは両親と一緒にインドへ亡命しましたが、生活が苦しく、何年も満足食べる事や、学校に行く事ができませんでした。そこで両親と離れてインドの施設に入って生活する事にしました。しかしお金がなく、学校へ行けませんでした。そこへ私の母が、学校へ行けるようと援助する事になりました。私は最近、私の家でやっているような、学校に行けない子供や生活できない子供を援助する事を『チベットサポート里親(スポンサー)』という事を知りました。

これにより私達はテンジンを支える事ができたのです。

私はテンジンを写真で見ていますが、会った事や話した事がまだありません。それでも、私にとって大切な存在の人です。

 テンジンは色々な事を私に教えてくれました。過去にテレビや本なので子供たちがこういう厳しい状況の中にいることは聞いたことがありましたが、身近には感じられませんでした。でも『チャイルド・スポンサー』をやってみると、とてもテンジンのような立場の子を身近に感じられました。そして私は、「毎日なんとなく勉強し、なんとなく学校へ行き、のほほんと暮らしていていいのだろうか」と思い始めたのです。

 私は母が買った、「ヒマラヤを越える子供たち」というDVDを見ました。それで私はさらに色々な事を知りました。インドには「チベット子供村」という施設があります。現在一万二千人の子供達がこの施設に入っています。テンジンもこの施設の一員です。この施設に入るには、何日もかかってヒマラヤ山脈を越えて、インドへ亡命しなければなりません。それはとても楽な事ではなく、中国の警察に見つかったら逮捕されてしまうほど危険きわまりない事なのです。なので、無事にインドへ行けるように、ある男性が手伝っています。これは不法行為なのですが、彼はそれでもテンジンのような子供達を手伝い続けているのです。

 「自分の国を侵略した中国人に怒りを感じます。でも怒りは、春の雨のようにすぐにきえます。同じ人間だという事を思い出すと、同情を覚えるのです。」これはチベット子供村のある子供が言った言葉です。私はこれを聞いてその尊さや気高さに感動しました。まだ私ぐらい年の子が、こんな事を言えるからです。

 私は「日本」という裕福な国に生まれました。そしてごく自然に学校へ行く、何不自由なく、暮らしています。けれど、チベットに住み、一見不幸な形に見えるこの子供達の方がずっと大人で考えが立派だと思いました。心が豊かなのはこの人達の方かも知れないとはずかしくなるほどです。

 こういう子供達の話を聞くと、「かわいそうだ」と思う人もいるかもしれません。でも私はそうとは思えないのです。幸せには色々なカタチがあるからです。私達は、お金や物に囲まれて裕福でいる事が幸せだったり、家族がそろっている事が幸せだったりという考えの中にいることが多いでしょう。しかし、本当は日々笑っていられたら幸せなのではないでしょうか。このテンジン達のように、やっと学校に行けるくらいしかお金がなくても、家族が近くにいなくとも、今日も友と笑い合えたらそれが幸せだと、テンジンを支えながら私はそう信じられるようになりました。

 これから辛い事が起きて笑えなくなる事があっても、笑えるように私は頑張っていきたいです。それは「家族」テンジンが頑張っているからです。彼らの強さや前向きさを見てそれを支える私たちがくじけてはいられません。私の勉強や部活の悩みや、友達とのいさかいなど小さいことに思えてくるからです。テンジンを支えながら実は私は「家族」テンジンに教わっているんだと思えてきています。

 テンジンから学んだ「幸せのかたち」を、これからも大切にして、私もテンジンと共に強く生きたい。そう思っています。

このページの先頭へ

Case03: Mさんとソナム君

2004年の夏に里親になったMさん。10月のダラムサラ訪問には参加できなかったけど、ソナム君宛の贈り物を久保に託しました。その後も郵便で、ソナム君宛の洋服を送ったそうです。2回目のプレゼントを受け取ったソナム君から、Mさんに手紙が届きました。

以下は、手紙を受け取ったMさんから久保に届いた喜びのメールです。Mさんの許可をいただき、ここに抜粋します。素晴らしい出会いに、久保もウルウル感動しました!

タシデレ〜
Mです。

荷物が届いたそうです。(注;TCVへ送った荷物のこと)

久保さんのおっしゃるとおりでした。心配することなんかなかったです。

セクレタリーの方から心のこもったお手紙をいただきました。
荷物を受け取った丁寧な感謝の言葉と、ソナムが荷物を受け取ったときの様子、TCVが冬休み(お正月休み)に入ることなどを伝えてくださいました。
中にソナムの絵手紙が2枚同封されていました。 一枚は本当にきれいな花の絵。もう一枚は私の好きなペンギンの絵。 習いたての英語で一生懸命友達のこと、家で大切にされていること、自分の名前の意味などを書いてくれていました。
ペンギンの絵の方には、送った荷物の中のものがひとつひとつ書かれていて、言葉では伝えきれない気持ちを懸命に伝えようとしているようです。
うれしくてありがたくて、胸が熱くなって気が付いたらもうぼろぼろに泣いていました。私が送った荷物など彼の手紙に比べたらほんとに価値の無いもののように感じます。 TCVの子供達と、育ててくださっているスタッフの方々の強い(暖かい)心の力を感じています。

TCVサポートを始めていなければ、こんな感動を受けることはなかったと思います。ありがとうございました。

このページの先頭へ

Case02: なおみさんとケルサン君

丸顔なところがそっくりな二人ケルサンはチベット生まれの10歳の少年です。お母さんは既に亡くなり、チベットに農夫のお父さんがいますが、貧困のためケルサンを育てることが出来ず、やむなく亡命させることになったそうです。

なおみさんは数年前から里親制度に興味を持っていたそうですが、実際に現地の様子を自分の目で確かめて、納得してから始めたいと思っていたそうです。「今回はじめてTCVを訪れ、親代わりの職員さんたちが愛情深く子供たちを育てている様子が伝わってきました。子供たちは本当に生き生きとしています。とても嬉しくなりました。この人たちを応援したい、ぜひ彼らとお友達になりたいと思いました。」となおみさんはいいます。

写真右:丸顔なところがそっくりな2人。

1日に数回「ケルサンはいま学校かな、お勉強してるのかな。寒くないかな。」と考え、ケルサンの健康を祈る時間を持つようになりました。日本に帰ってから、さっそく手紙と毛糸の帽子、一緒に撮った写真などを送りました。

お正月には、ケルサンから可愛らしいカードが届きました。新しく始まった友情が、どんな花を咲かせるか、いまからとても楽しみにしているなおみさんです。

このページの先頭へ

Case01: 久保とツェタンちゃん

現在のツェタンKIKUの代表・久保にとってはまさに「目に入れても痛くない」可愛い娘、ツェタンちゃんです。文通しているうちに、久保のチベット語もなかなか上達?しました。今回のTCV訪問で、6年ぶりの再会でした。訪問日、なんと彼女はTCV正門のところで私たちを待っていてくれたのです。そして久保の姿を見るや、両手を広げて走ってきたのです!まさに大感激の瞬間でした。

6年前

6年前は、こんなに小さかったツェタンちゃん。シャイなところは相変わらずですが、背も高くなりすっかり女の子らしくなっていました。

このページの先頭へ



TCV(チベット子供村)をご存じですか?
里親(スポンサー募集)ケーススタディTCVに物資を直接送りたい方へ

KIKU HOME

Copyright ©2004-2009 KIKU. All Rights Reseaved. このサイトに掲載されている文章・画像などの無断転載を禁じます。
KIKUへのリンク及びKIKUバナーに関しましてはこちらをご確認下さい。